古流柔術が廃れていくなか、嘉納治五郎が明治十五年に講道館柔道を起ち上げ、実験的に「当て身(打撃技)なしの乱…

古流柔術が廃れていくなか、嘉納治五郎が明治十五年に講道館柔道を起ち上げ、実験的に「当て身(打撃技)なしの乱取り」を作ってそれを試合にも採用した。これは嘉納にとっては過渡期でしかなかったが、講道館は実験段階でしかない打撃なしルールのまま競技人口を増やし続けて隆盛を極め、国内の他の格闘技を駆逐していく。結果、昭和に入る頃にはすでに日本の格闘技界は史上空前の「打撃技空白時代」に陥っていた。
増田 俊也

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